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「沈んだらまた積み上げろ!」

中村です。魂込めた雑文を、テキトーに書き飛ばします。

中野~竹橋~八重洲界隈

家人が「デジタル一眼レフカメラが欲しい」と言い出したので、その昔、毎日のように通い詰めた俺にとっての「カメラの聖地」中野のフジヤカメラに連れて行った。

要は俺が行きたかったのだ。

フジヤカメラ界隈。



この光景を見ただけで、既にテンションが上がっている。

家人手持ちの古いカメラを下取って、コンパクトなデジイチを、めでたく購入。



昼食に佐世保バーガー。

食後は中野三丁目界隈をあてなくブラブラ。



花に包まれたイカす居酒屋を発見。



でも今は休業中みたいだ。

電車で竹橋へ移動。



東京国立近代美術館。



オブジェの一部と化す子供たち。
目的のジャクソン・ポロック展。



を、人の多さにビビってスルー。

お堀端。



ジョギングする人々の波に逆らって八重洲方向へ。



和気清麻呂。



桜のカーペット。

しばし歩いて八重洲到着。目的地は、



「ほっとするふくしま」



ボランティアで行けなかった福島を微力支援。

日本橋の駅を目指して、八重洲界隈をブラブラ。



老舗の焼き鳥屋。
いつか入ってみたい。

こうして見てみると、肝心のとこほど写真って撮ってないもんだなあ。
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マスゴミ

亀岡のあの痛ましい事故の報道について、論争が起きている。

実際どうだったかわからないけど、俺はテレビで視たぞ。
奥さんを亡くしたばかりの男性に対してマイクを突きつけ、

「どんな奥さんでしたか?」

なんて聞いている記者の姿を。
あれはどのメディアの記者なんだろうね?

俺の偏平足で東北の被災地を踏んできた~その5・東北を忘れるな

最後の訪問地は松島。
ここは宮城県でも比較的被害が少なかった地域。
沈んだ気持ちを切り替えて、しばし観光を楽しむ。

まずはランチ。
牛タンにも惹かれたけど、せっかくなので海の幸を満喫。


その後、松島の遊覧船に乗船。
沖合いの島々を観る為の遊覧船なのに、俺も含めてみんな島なんか観てやしない。
「島」ではなく



「鳥」を観ている。

出航と同時に、遊覧船には無数のカモメが群がってくる。
デッキに立ち、乗船の際に渡された「えびせん」を摘んでかざすと、あっという間にカモメが掻っ攫っていく。



これ、決定的瞬間。すごくね?ていうかカモメ、目つきが悪い。

本来観るべきもの以外が目玉になってるなんてどうかと思うが・・・ものすごく楽しい。ごめんなさい、芭蕉師匠。

船を下りてからは、周囲を散策したりお土産を買い漁ったり、ベタな観光。カモメのおかげでみんなテンションが上がっており、それまで交流の無かったメンバーとも少しお話しが出来た。
出発間際、バスの脇に全員が並んで、集合写真を撮影、帰路に着いた。

陸前高田ボランティア隊in松島
↑俺のiPhoneはバッテリーが切れていたので、Facebookで繋がったIさんのウォールから拝借しました。

肉体的にも精神的にもややしんどい旅だった。
でも、とても良い経験になった。

現場をこの目で目撃できたこと
そこで暮らす方々とお話しできたこと

俺が見たことが全てではないけれど、これは大きかった。

どうか、東北を忘れないで欲しい。
あの場所にはまだまだ「力」が必要なのだ。
ひとりでも多くの人に現地に行って、現状を見てもらいたい。
被災地の「今」を感じてもらいたい。

東北の暗く不安な夜は、一年経った今も決して明けてはいないのだ。


俺の偏平足で東北の被災地を踏んできた~その4・吹き抜ける海風

この日の宿泊は鳴子温泉のホテル亀屋。
前夜の寝不足と昼間の労働、夕飯前後に同部屋の面々と飲んだビールが功を奏して、ぐっすり。
どっち?結局どっちが勝ったの?唐揚げ?餃子?

いつものごとく調子に乗ってたらふくバイキングを平らげた後、石巻に向け出発。
作業ではなく、ボランティアガイドさんの案内で石巻市の被災状況を見学するのだ。
三陸道の石巻インターを降りてしばらく走ると、市街地らしき景色が広がる。
どこにでもある地方都市の光景に驚いた。

「なんと!もうすっかり復興しているじゃないか」

でも違った。復興した街並みに見えたのはかつての郊外エリア。
中心部にあった店舗などが移転して、新しい街並みを作っているに過ぎなかった。
ガイドの遠山さんの案内で見て回った旧市街は、胸に突き刺さる光景ばかり。

缶詰工場のオブジェは横倒しになったまま。
壊れた自動車は道路沿いに延々と積まれたまま。
地盤沈下した道路も沈んだままだ。

一番辛かったのは、「がんばろう!石巻」という大きな立て看板が立てられた元住宅地。
かなり密集した住宅地だったんだろうに、津波で流されて跡形もない。
ところどころに生活の跡が生々しく見えて、それが切ない。
海風を遮るものがない分とても寒い。

ガイドの遠山さんは、視察中、淡々と津波被害のことを話してくれた。
それがなおさら悲しかった。
視察が終わってもしばらくは、バスの脇で我々と話してくれた。

「今日は曇ってるからなあ。天気が良ければもっと明るい街なんだけどね」
「本当は明るい元気な街なんだよ。もっと元気な街を見て欲しいなあ」

としきりに言う。

「訛ってるから、話の半分もわからなかったんじゃないかな」

と何度も繰り返す。「半分」の部分が「20%」になったり「3割」になったり、
比率がコロコロ変わるのが可笑しかった。
大丈夫ですよ遠山さん。貴方の話は伝わりました。

「頑張って今年か来年の社員旅行は、東北に誘致します!」

と無責任な約束をして別れてきた。
お願いしますよ社長、俺を嘘つきにしないでください。

遠山さんと別れたバスは、進路を西へ。
次は観光、行き先は松島だ。

こけし。
↑鳴子温泉のシンボルは、こけしです。

遠山さん
↑遠山さん。決して上手くはないその喋りが、逆に胸に来る。

横倒しになった缶詰のオブジェ
↑横倒しになった缶詰のオブジェ

累々と
↑累々と積み重なる廃車たち

廃墟
↑廃墟。海沿いの建物はほとんどこの状態

がんばろう、石巻!

がんばろう

がんばろう!

しゅっせきのーと

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がんばろう、石巻!

俺の偏平足で東北の被災地を踏んできた~その3・荒れ地に花を咲かせようじゃねえか

我々に与えられたミッション。
それは、「オープンガーデンの再生」だ。

10年ほど前から自宅の庭を一般開放していた、今回の依頼者吉田さん。
まさかの津波で、その庭と自宅を失った。
旧家屋部分は既に「希望の庭」として完成を見ている。
我々は、庭園だった部分の再生に向けて、瓦礫と小石の撤去作業を担当する。

スコップやツルハシで土を掘り返しては、その中に混じる石や瓦礫を取り除く。
時々、石ころや瓦礫以外のものにぶつかる。
おもちゃの車のタイヤだったり、食品に付いてる懸賞のシールだったり。
泥まみれのそれらを見ると、胸が詰まる。

1時間の休憩を挟んで正味3時間ちょっとの作業だった。
時間は短いが身体には響く。ああ、日頃の怠惰な生活が如実に…。

作業終了。集合場所の花壇から海を見る。

花畑から臨む海

穏やかな海だ。
あの日むき出しにした凶暴な牙など微塵も見せず、ただ静かにそこにある。

吉田さんに、ひまわりの種を頂いて、現場を後にする。
自己満足にすぎないかもしれないが、充実感でいっぱいだった。

だが。

帰り道、改めて荒れたままの市街地を通る。
市立博物館、市役所、消防署。みな、ひどい状況だ。
一年以上経っても。一年経ってるのに。

ちょっと荒れ地を耕したからって、分かったような気になるんじゃないぞ。

冷水を浴びせられたような気持ちになった。

それでも。
やれることをやるしかない。
俺がやったことは、無駄じゃない。

センターの方々の笑顔に慰められつつ、我々は陸前高田を後にした。


ここがいつか、花畑になる。
↑ここがいつか、花畑になる。

豪華なイチゴ入りのお弁当
↑豪華なイチゴ入りのお弁当。トンビにオカズを攫われないよう、警戒しながらのランチタイム。

ひまわりの種。
↑吉田さんから頂いたひまわりの種。帰ったら必ずどこかに植えよう。

5階建てのマンション
↑五階建てのマンション。四階まで津波が達している。

完成間際に被災した野球場
↑完成間際に被災した野球場。一度も試合が行われることなく、今は瓦礫置き場になっている。

田んぼじゃないよ。住宅地だったところだよ。
↑田んぼじゃないよ。住宅地だったところだよ。

こういうのが結構しんどい。
↑生活が見えてしまって、かなりしんどい。

消防署
↑消防署

市役所
↑市役所

それでも、やれることをやるしかない。
↑ボランティアセンターの方々が、笑顔で見送ってくれた。

俺の偏平足で東北の被災地を踏んできた~その2・なじょにがすっぺ!

朝食を買い込んだ後、気仙沼街道を東へ、陸前高田のボランティアセンターを目指す。
通過した気仙沼漁港周辺の惨状に改めて衝撃を受けた。

生々しすぎる。
生だから当然だけど。

テレビで見たことのある光景なのに、感じ方は全く違う。
他のメンバーも同じ想いだったようで、バスの中はしんと静まり返った。

東浜街道を北上して陸前高田市内に入ると、まず我々を迎えてくれたのがこれ。

奇跡の一本松

「奇跡の一本松」だ。
高田松原として知られる松林だったこの一帯。ほとんどが津波に流される中、この一本だけが残った。その周囲は、ほぼ全てが空き地と、瓦礫置き場である。
かつて市街地だった場所に入っても、景色はほとんど変わらない。縦横に走るアスファルトの道路だけが、そこに街があったことを教えてくれる。異様な光景だ。

そこからかなり内陸部に入った横田地区にあるボランティアセンターに到着。

陸前高田ボランティアセンター

トイレ休憩のあと、参加者全員の自己紹介が行われた。
新宿出発のツアーだから当然首都圏からの参加者ばかりだろうと思っていたら、兵庫・京都などの関西圏や広島・福岡などさらに西の方からも多数の参加者がいた。香港から単身参加の女性もいて驚かされる。
それぞれにいろんな想いを抱いて、今ここにいる。胸が熱くなった。

ミーティングまでの1時間少し、付近を散策して過ごす。

似、似てる!

この畑や山の感じも、南島原に似ている。

気仙川

気仙川とその向こうに見える山。

ホワイトボード

注意事項などが記されたホワイトボード。

やがて始まったミーティング。
センター長の挨拶、救護部からの注意事項、準備運動と道具の借り受けを経て、作業現場へ出発だ。
いよいよ始まる。なじょにがすっぺ!

なじょにがすっぺ!

俺の偏平足で東北の被災地を踏んできた~その1・長い長い一日の始まり

陸前高田を選んだのには理由がある。

昨年の震災直後、管理物件を見周り中、カーラジオで各地の被害状況を聞いた。
岩手県陸前高田市は市域の八割が津波被害に遭い、全世帯の七割が被災したという。

そのニュースを聞いて、思わず涙が出た。
同じことが自分の故郷に起こったら…と想像してしまったのだ。
俺の故郷も海沿いの町。津波が来たらひとたまりもない。
そんなわけで、ボランティアに行くなら陸前高田、と心に決めていた。

繁忙期が終わってようやく余裕も出てきたので、インターネットで検索したこのツアーに申し込んだ。

一泊二日や作業ばかりのプランだと、体力的に不安がある。
観光や温泉、現地の方との交流がセットになったこのツアーは俺にぴったりだと思った。

会社に休みを申請してボランティアに行くことを伝えると、
ありがたいことに「中村募金箱」が設置され、同僚たちからのカンパが集まった。
少しでも多く被災地にお金を落として来い、というのだ。

ボランティアという名目があるとはいえ、我儘で取る連休。会社には何のメリットもない。
むしろ迷惑さえ掛けるというのに…その気持ちが嬉しかった。

同僚たちの心意気も胸に、さあ、出発だ。
バスは新宿西口のカラオケ館前を23時にスタート。
首都高から東北道に入り、二時間おきに停車する。
もちろん、熟睡など出来ない。

夢と現の間を行き来しながら、翌朝5時、岩手県一関市の道の駅かわさきに到着。
ここで作業着に着替え、近くのコンビニにて朝食のおにぎりを買う。
予想以上の冷え込みで刈ったばかりの頭が寒い。
長い長い一日の始まりだ。

道の駅かわさきにて、着替え終わっての一枚。

ご飯は鍋で炊いたやつ

焼き海苔に醤油を付けて炊き立てご飯を巻いて食べる。
海苔は出来れば有明海苔の上等なやつ。

味噌汁は豆腐と長ネギ。
実家の自家製味噌を使ってもらえると嬉しい。

しらすおろしが付いてるとなお良いけど、
必須という訳ではない。

海苔に醤油を付けすぎるのを見て、

「あなた、またそんなに付けて!」

とたしなめて欲しい。

それが俺の理想の最後の晩餐。
人生の最後にそんな食事が出来たら、
なんて幸せだろうと思う。

6周年

本日でブログ開設6周年。

2006年4月6日にアップした第一回は、故郷に関する記事だった。

震災以降、故郷に対する想いも変わってきている。
最近はFBに押されて更新頻度が落ちてきている当ブログだが、
これからもちょいちょい我が故郷のPRを絡めていきたいと思う。

今後ともよろしくお願いします。


俺なりのがすたん

京葉ガスの懸賞で「ルンバ」が当たる!

というので応募ハガキを書く。
空いたスペースに、俺なりの「がすたん(京葉ガスのイメージキャラ)」を描いてみた。

京葉ガスのがすたん

これが「がすたん」。そして下が俺なりのがすたん。

俺なりのがすたん

ワリと良く描けたので満足している。



俺内ホット彫像Reprise

昨年5月、このブログで紹介した行徳駅前公園の銅像


大地

彼は何故ハダカなのか?何故シャベルなのか?何故七三分けなのか?
Facebookでシェアしたトコロ、ちょっとした反響があった。
頂いたコメントから、なんとなく謎が解けた気がするので、
俺なりに彼のストーリーをまとめてみた。


細マッチョでおっさん顔の体育教師(28歳)が、
水泳の授業を終えてシャワーから出てくると、
着替えも水着も生徒たちによって隠されていた。
生徒たちの

「先生の服、グラウンドに埋めたぜ」

という冗談を真に受けてグラウンド中を必死で掘り返し、
ふと一息ついたら既に夕暮れ時で西の空にでっかい太陽。

「あ、俺の悩みって小さいな」

と思った瞬間。


ということでどうだろう。
まあ、どうでもいいけど。